男「だとしたら、申し訳ないんですけど……」
女「わたしは気づかいが苦手な人間です」
男「知ってますよ」
女「ここに来たのは、見てみたかったからです」
男「どこへ行くんですか?」
女「……おそらく、ここだけはほとんど変わってないんじゃないですか?」
男「なるほど」
女「ベランダ、どうですか?」
男「そうですね。そんなに変化はないですね。あ、でも柵は取り替えられたのかも」
男「でも、一番変わってないのはここからの景色かもしれませんね」
女「これが、あなたが見ていた景色なんですね」
男「ええ。どこにでもある、ありふれた光景です」
女「けど、わたしが見たいと思った景色です」
男「……」
女「本当に、なんの変哲もない景色ですね」
男「がっかりしましたか?」
女「よくわかんないです。でも、ここに来てもピンときませんね」
男「なにがですか?」
女「あなたって人が死んだ場所って」
男「そんなものですよ」
女「お供え物みたいなものも、このバッグに入れておいたんですよ」
男「嬉しいですね。でも、ここにものを置いていくと迷惑になります」
女「そうなんですよね。だから、いっしょになにか飲みません?」
男「どうやって?」
女「いろいろもってきたんですよ。ちっちゃい缶ジュース」
男「うわあ、すごい量ですね」
女「アルコールとかのほうがよかったですか?」