男「知ってる人とすれちがっても、もちろん気づいてもらえない」
男「僕のことを見てくれたのは、たぶんカメラとかだけなんじゃないですか」
女「……」
男「死んでからはじめて思ったんです。誰かに気づいてほしい」
男「誰かとお話したいって」
男「死んでからはいろんな人に話しかけましたよ」
男「公園のベンチでぼーっとしてるおじいさんとか」
男「砂場で遊んでる小さなお子さんとか」
男「明らかにコワそうな集団に飛びこんだりもしました」
男「もちろん、誰も気づいてくれませんけどね」
女「かえってつらくなりません、それ?」
男「ええ。でもときどき、会話が噛み合ったりするとすごく嬉しいんですよ」
男「声をかけて、偶然こちらを見てくれたりとかもね」
女「せつないですね」
女「じゃあわたしに話しかけたのも……」
男「いえ、それはすこしちがいます」
男「もうここ半年ぐらいは、そういうのもやめたんです」
女「じゃあ、どうしてわたしに?」
男「飛び降りようとしてたからです」
女「……」
男「一週間前からずっと、あなたの背中に声をかけ続けてたんです」
男「でもどんなに呼びかけても、あなたは泣き叫んで僕の声をかき消すんですよね」
女「飛び降りれなくて。そのたびに泣いてたの、見てたんですね」
男「はい、ばっちり」
女「やっぱりあなた、ムカつきますね」
女「……なんか納得しました」
男「納得してくれるんですか?」