男「自分の部屋のベランダでね」
女「飛び降りたんですか?」
男「ちがいます。僕の住んでた階は、三階でしたので死ねない可能性があったんです」
男「だから確実に死ぬために、首吊りをしたんですよ」
女「首吊り……」
男「飛び降りるより、首吊りのほうが確実なんですよ」
男「ベランダから飛び降りるようにすれば、間違いなく死ねます」
女「どうして自殺なんてしたんですか?」
男「あなたと似たような理由だと思いますよ」
男「でもまあ、簡単に言うとここじゃないどこかへ行きたかったんでしょうね」
女「天国とかですか?」
男「あるいは地獄だったかもしれません」
男「でも首を吊って、次に目が覚めたときは絶望しましたよ」
男「なぜかこのマンションの目の前にいたんですからね」
男「最初は自分が死んだかどうかさえわかりませんでしたよ」
男「幽霊になったというよりは、透明人間になった気分でしたね」
男「しかも、幽霊ってかなり不便なんですよね」
女「不便?」
男「扉とかはすり抜けられるんですけど、壁とかはすり抜けれないんですよ」
女「へえ。意外ですね」
男「空を飛べたりするんじゃないかって、思ったんですけどそんなこともできませんし」
男「写真に写ったりできるんじゃないかと、試したこともあるんです」
女「写れたんですか?」
男「わかりません。たしかめられませんでした」
男「あと、温泉で女湯に入ろうとしたこともあったんです」
女「……その話は聞かなきゃダメですか?」
男「意外なことに、僕はのれんをくぐれなかったんですよ」
女「どういうことですか?」
男「原因はわかりません」
男「でも、生きてるときにできないと思ったことは、どうも実行できないみたいなんです」
女「変なの」
男「あと、眠ったりとかもできないんですよね」
男「まあでも、こんなことは本当にささいなことなんです」
男「一番衝撃的だったのは、自分以外の幽霊に会わなかったことです」
女「あなたは幽霊を見たことがないって言いますけど」
女「幽霊の見た目とか、どんなふうかわからなくないですか?」