岸田健作の人生がかなりハードモード。一度はホームレスに身を落としていた!?

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misonoの不意打ちで大打撃を受ける

倖田來未さんの妹で、自身も歌手活動をしているmisonoさん。misonoさんはいいとも青年隊時代から岸田健作さんのファンだったそうで、『ロンドンハーツ(テレビ朝日系列)』で共演した際に連絡先を交換し、その後に交際しています。

問題が起こったのは、交際の後でした。某日、misonoさんは過去の恋愛を大激白。その中で岸田健作さんとの交際に触れたことで、マスコミ関係者が揃って岸田健作に突撃する事態になりました。

過去の恋愛を激白してスッキリしたmisonoさんとは対照的に、岸田健作さんはマスコミ関係者の対応に追われることに。しかしmisonoさんを批難することは一切せず、真摯な態度を取り続けました。

自分を見失い、最終的にはホームレスにまで落ちた

いいとも青年隊を卒業後、徐々に仕事のオファーが減っていったという岸田健作さん。その結果「仕事が減ったのは、自分に芸がないからだ」「自分は芸能人ではない」と深く思い悩むことが増えたそうです。

そんな中、ずっと自分を支えてくれていたマネージャーが逝去。さらに、母親の入院・実家のケーキ屋が倒産するという不幸が重なり、実家を失った岸田健作さんはホームレスに身を落としました。

ホームレス生活の中で見出した“自分”と“したいこと”

実家を失い、ホームレスに身を落とした岸田健作さん。「家に来ないか」と声を掛けてくれる友人もいましたが、岸田健作さんは「自分の力だけで生活したいから」と、誘いを丁重に断わったそうです。

ホームレス生活は過酷で、公園のトイレを借りて体を洗い、屋根のついていないベンチで寝泊まりする日々が続きました。お金もなく、通行人に話しかけては「財布をなくした」と伝え、金銭的な援助を得たそうです。

そんな折、岸田健作さんは路上パフォーマーに出会いました。カホンと呼ばれる民族楽器の演奏に合わせ、ダンスを披露するパフォーマー。岸田健作さんは、自分の中でひとつの感情が湧きあがるのを感じました。

「ダンサーとして、一からやり直したい」
「バンドでダンスをやりたい」

決意するな否や、岸田健作さんの行動は迅速でした。これまた、道行く人に話しかけ仕事の伝手を得て、アルバイト生活を開始。その後、現在の所属事務所に拾ってもらい、2011年11月より本格的に芸能活動を再開するに至りました。

最終的には、芸能界に復帰を果たした

現在はタレント活動と両立して、ロックバンド『Ash BerryでVo.Kensaku Kishida』としても精力的に活動し、2012年4月にはホームレス経験を綴った書籍『昨日、ホームレスになった』を出版しています。

好きなことを諦めず、努力を以って夢を叶えた岸田健作さん。今後とも、益々のご活躍をお祈りします。